良心という神様が住んでいる

罪悪感とつぐない

罪悪感と良心

ごめんなさい

私たちの心の中には「良心」という神様が住んでいます。
だから悪いことをしたときは罪悪感を感じ、とても後悔します。

この罪悪感を感じている時の辛いこと、辛いこと。
何時間も、何日も、そしてひどい場合は何年も悩むことになります。

何かされて悔しい!という時より辛いです。

ちょっとしたことで罪悪感を感じやすい人は「良心」という神様がきびしいようです。
自分に厳しく、責任感が強く、真面目というような人がこの傾向にあります。
厳しい分、ハードな人生になりますが、魂が磨かれたり、人から協力が得やすい、評価されやすい傾向にあります。

逆に悪いことをしても罪悪感を感じない人は「良心」という神様がお休み中か不在中。
悪いことを何度も繰り返してしまい、「良心」という神様が疲れてしまっている様子。
自分に甘く、責任感がない人がこの傾向にあります。
甘い分、ラクなことも多いかもしれませんが、魂は磨かれず、孤立し、さびしい人生になるかもしれません。



罰が当たるのではなく…

後悔

罪悪感を抱くと「自分は悪いことをしたのだから、何か悪いことが起こる、罰が当たるのではないか」と恐れる人も結構いらっしゃいます。

人に対して悪いことをしたのであれば、以下のようなことは起こるかもしれません。

・人から恨みを買い、過ごしにくくなる。
・人から協力を得られなくなる
・評価や信用が下がる

しかし「罪悪感で苦しんでいる」時点ですでに罰が当たっています。
自身の中の「良心」という神様が罰を当てているのです。

いいえ、罰を当てるというよりも、悔い改めるように一時的に辛い思いをさせているのです。
「もうしてはいけないよ」という自身に対するメッセージであります。


悔い改めるだけでも償い(つぐない)になる

クローバー

罪悪感で悩み、苦しめば、精神的にもつらく、体調にも影響することがあります。
また、悩んでいるうちはそのことばかりにとらわれて、頭の回転も遅くなりがち。

しかし悩んでばかりいても何も始まりません。
後悔して苦しんだ時点でもう十分なのです。

次は同じ過ちを起こさないようにしようと心がけるだけでよいのです。
同じ過ちを犯せば、また同じように苦しむということが分かりました。

それでも人間は「完全」ではないから同じ過ちを犯すかもしれません。
そしたらまた「良心」という神様が悔い改めるよう「罪悪感」という課題を与えるでしょう。



善を積むことで「つぐない」をする

善

悔い改めようと心に決めても、それでも罪悪感が止まらない場合は、善を積むことで「つぐない」をするとよいでしょう。

一番いいのは、被害を与えた(もしくは迷惑をかけた)本人に謝ることです。

迷惑をかけた方に丁重に謝りましょう。
そして何らかの形で埋め合わせをしましょう。
一時的には怒られるかもしれません。
でもずっと黙ったおくのは関係が悪化したままですし、自身も罪悪感を背負ったままで心地よくありません。

迷惑をかけた相手がすでに他界している場合や、二度と会えないような場合は、他の人に善い行いをするとよいでしょう。

募金でもいいですし、お年寄りに席を譲るなど小さなことで構いません。
善が積みあがっていくと気持ちもそのうち晴れていきます。

人は何らかの形で「社会に貢献」したいものなのです。
そしてできるだけ他者に迷惑をかけたくないと思います。
でも人間は「完全」ではないから、生きている限りは、意識的にであれ、無意識的にであれ、迷惑をかけてしまいます

私たち人間は、迷惑をかけあいます。
でも相手を助けたり、協力をすることもできます。

罪悪感があるうちは、悔い改めようと心に決めた後は、相手に謝って埋め合わせをするなり、善を積み重ねるなどして過ごすとよいでしょう。
気持ちが晴れて来たら、あなたの中の「良心」という神様が許してくれた証です。


罪悪感とつぐない 補足とまとめ

・私たちの心の中には「良心」という神様がいます。
罪悪感を感じない人は何らかの要因により「良心」という神様がお休み中か不在中です。
もしくはあまりに多く罪が繰り返されたため、疲れているのかもしれません。

・罪悪感を感じている時点で「つぐない」をしている
罪悪感を感じているうちは辛いです。苦しいです。
これは「良心」という神様が、悔い改めるように仕向けているのです。

・善を重ねることで「つぐない」をする
迷惑をかけた相手に謝ってつぐなうのが一番よいのですが、相手が他界しているなどで、できない場合は、他のことで善を重ねていくとよいでしょう。

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