生まれてこなければよかった?

生まれてこなければよかったと思ったら

一度は思う「生まれてこなければよかった」

このサイトへ来られる方の中には「生まれてこなければよかった」「どうして自分は生まれてきたのだろう」などと一度は思ったことがある人が結構いらっしゃることと思います。

ご多分に漏れず私もそうでした。

小学校高学年頃から、何で私なんか生まれてきたのだろうと悩んだものです。
そして、私を産んだ親を憎んだこともあります。

生きていくのは苦しい、なのになぜ生んだの?

よほど恵まれた環境でない限り、人生はしんどいものだって分かっているのに生むなんてひどい!

散々、親に対してひど~いことを思ったものです。
いわば生んだ親に対する恨みでしょうか。

「生んでくれてありがとう」なんてもってのほか。
「よくも産んでくれたな!謝れ!」なんて思ったものです。

そして実際に親に向けてひどい言葉を発したことがあります。
「あなたが生んでくれなければ、こんな苦労はなかったわ」

そしたら、こんな言葉が返ってきました。
「あなたに苦しい思いをさせてしまってごめんなさい。
でも私はあなたが生まれてきて嬉しかったし、生んでよかったと思う。
本当に感謝している」

それ以上何も言えませんでした。
その言葉を聞いて、心の何処かで嬉しかったのでしょう。

そして実際に、私の両親は私をきちんと育ててくれたので、生んでよかったのです。
(その明確な理由は後述します)


親を恨むと不幸になる

「生まれてこなければよかった」。なぜ私は生まれてきた?
そうだ親が生んだんだ。親を恨んでやる。という思考は、「生まれてこなければよかった」という思考をより深めます。そしてこの思考がある限り幸せになることはありません

それどころか、「恨み」のページでも書きましたが、誰かを恨むとロクなことがありません。
親を恨む場合でも同じことが言えます。

「恨む」ということは、心に大変大きなダメージを与えます。
「悲しい」や「悔しい」以上に強烈なネガティブな感情です。
「恨み」の感情が強ければ強いほど心身にダメージが及びます。
そしてその「恨み」という感情を保有している期間が長ければ長いほど心身にダメージが及ぶ期間が長く病気になってしまう可能性が高くなります。

また、負のオーラをばらまくことになるので、周りの人も心身に影響が出る場合があります。

さらに悪いことに、心の大半が「恨み」という感情に占領され、「自己実現」や「向上心」などのポジティブな感情の入るスペースがなくなってしまいます。こうなると、仕事や学業などに差し支えることもあります。恋愛など到底ムリな段階です。

なので、親を恨むということは、親だけでなく自分をも不幸にすることになってしまいます。

逆に親に感謝し、親を大切にすると、幸せが訪れます。
まあ、無理に親に感謝しなさいとは言いませんが、後述のことをご覧いただければ親に感謝したくなるかもしれません。
親への感謝の気持ちを表すのはすぐにはできないと思いますが、小さなことでもいいので、親に対して思いやりのある行動を起こすことが幸せの第一歩です。


親を恨むことは意味のないこと

上記のように親を恨むことは自分を不幸にすることでもあります。

絵本に答えが書いてあります。

できれば恨まない方がいいのは事実。
そんな時は、「あなたが生まれてきた理由」について考えてみるとよいでしょう。
それは、○○という使命をもって生まれてきたとか大層なものではなく、もっとシンプルな「生物の本能」に起因します。

子どもはいらない」のページの下部でも書きましたが、我々人間を含む生き物には「生殖を行い子孫を残すというプログラム(本能)」が強く刻まれています。

そしてこのプログラム(本能)には意識して抵抗しがたいものなのです。

父親と母親は強く惹かれ合った結果、生殖を行い子孫を残すというプログラムが発動したまでのことであり、そのプログラム(本能)は両親には抗えないものでありました。

結果として「あなた」という1人の人間が生まれたということです。

ドラマか何かであるお母さんが「○○ちゃんはね、お父さんとお母さんが愛しあってできた子どもなのよ」と子どもに言い聞かせる場面があったのを覚えています。

あの言葉は理にかなった言葉であり、自分の子どもに「なぜ生んだか」を説明するのに説得力のある言葉だと、私は思います。
子どもが大人になってその言葉を覚えていたら、ああ、なるほどなって思うことでしょう。

「寂しいから」「老後が気になるから」「1人だと面白くないから」
このような説明だと、表面的な理由に過ぎません。

何が言いたいかと言うと、お父さんとお母さんがあなたという人間を生み出したのは自然の摂理であり、意識的に考えても抗えないプログラム(本能)によって生じた事象なので「親を恨んでも意味がない」ということになります。

このような事象を思うと「自分が生まれてきたのは、仕方がないことだったんだな」と幾分気持ちが楽になるのは私だけでしょうか。


あなたの親が生まなくてもあなたはどこかに存在する

親を憎んだり、恨んだりしてはいけない理由をもうひとつ説明させてください。

魂は不滅という言葉をご存知でしょうか?

あなたの魂は、たとえあなたの親が生まなくても、肉体を伴ってどこかへ生まれてくる可能性が高かったのです。

それが育児放棄する親だったらどうでしょうか?
暴力をふるう親だったら?
酒を飲んで暴れる親だったら?
仕事に行かず、学費や給食代も払えないだらしない親だったら?

いまのあなたの親がきちんと育ててくれたなら、感謝したくなりませんか?
親に対して「あなたが親でよかったよ」と私なら言いたくなります。


生まれてきた理由などないに等しい

上記のように、あなたが生まれてきた理由は、自然の摂理であり、抗えない運命であったことをお分かり頂けたと思います。簡単に言えば「しかたがなかった」。

何が言いたいかと言うと、生まれてきたことをくどくどと後悔するよりも、ああ、仕方がなかったんだなと開き直ったり、他の親の元よりはよかったかもしれないなどと思い直し、自分なりに少しでも楽に生きていく方が建設的だというのが、これまで私が生きてきて実感したものであります。

お金持ちにならなくてもいい、優秀でなくてもいい。
無理をしてきれいに着飾らなくていい。
あるがままを受け入れ、そこから自分が心地よいと思う方法を探っていけばいいわけです。

成功するためにバリバリ働いて贅沢な生活をしたいならそうすればいい。
ゆっくり生きたい人は、生活が破綻しないくらいに働いて、ゆっくり生きるのもよし。
最近は「半隠居」や「隠居」という生き方をする方や「ミニマリスト」という必要最低限のもので豊かに暮す方も増えています。

生まれた理由は仕方がないものであっても、生まれた後の生き方は自分の行動でどうにでもなるのです。

生きている意味がないと思う方は、こんな台詞を言ってみて下さい。

例えば、ゲームをしているときに「俺はゲームを楽しむために今を生きている」。
DVDを見ているときに「私は世界の名作を堪能するために今を生きている」。
美味しい食事をしているときに「僕はグルメを楽しむために今を生きている」。

人生に大した意味がなくたっていいのです。とりとめのないもの、くだらないものであってもよいのです。社会貢献など大層なものでなくてもよいのです。
また、この理由や意味は、気分に合わせて変わってもよいでしょう。

でも、中には小さい楽しみなどいらないから、楽になりたいという人もいらっしゃるでしょう。
私もそのように思うことがあります。その時は気力不足なので、無理に動こうとせず、無理に楽しもうとせず、ゆっくりと休息を取るとよいでしょう。

生まれてきた理由などありません。それは生まれた後に自分で創っていくものですから。


生まれてこなければよかった? まとめ

・生まれてこなければよかったと思う時があるかと思いますが、生んだ親を恨むと恨みの感情に支配されて、運が逃げてしまいます。

・幸せになりたいなら親に感謝をしましょう。
できたら親に対して思いやりのある行動を心がけてみてください。

・魂は不滅です。あなたの親がもしあなたを生まなかったら別の親の元に生まれてきた可能性が高いです。もしあなたの親があなたをきちんと育ててくれたのであれば、感謝しても損はありません。

・生まれてきた理由はないに等しい。正確には自分で創っていくものです。


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