安楽死は必要?

安楽死は必要か?

安楽死を望む母

いきなり重たいテーマで始まってすみません。

実は70歳近くになる母がこんなことを言ったことがあります。

最期は、あなたを煩わせずにポックリ逝きたい。
病気で苦しまずにポックリ逝きたい。
穏やかに眠るようにポックリ逝きたい。

70にもなれば、最期を考えても不思議はありません。

そしてどの年寄りも思うことだと思いますが、病気による痛みもなく「穏やかにポックリ逝きたい」が最期の願望だと思います。

しかし残念なことに、現在の社会では自分の死期や最期の迎え方を選ぶことができません。
癌で苦しみながら死んだり、認知症に近いカタチとなって情けないと思いながら生きていたり、不治の病に耐え凌いでいたりと「苦しい」が伴うことがあります。また、過度の延命治療に嫌気がさして自殺に及ぶ場合もあります。

自殺者の割合も高齢になるほど上がり、自殺の動機の約7割が「健康問題」となっています。
この健康問題には「うつ病」が多いのですが、そのうつ病がなぜ発生したかというと、これもまた、健康問題が多い。


安楽死は必要

いきなり結論ですが、私は安楽死は選択肢の1つとしてあった方がいいと考えます。

人権だの、生きる権利だの何だの、人にはいろいろな権利が保障されています。しかしこれだけ医療や科学が発達している中、「楽に死ねる権利」は保証されておりません不思議です。
まるで「生きることが義務」になっているようです。

邪推をすれば、政府は1人でも多くの人間を生かし、働いてもらい、税金を巻き上げるのが狙いのようにも思えます。それを「生きる権利」という美しい言葉で飾っているようにも思えます。

権利、権利と唱えるのであれば、「死期を選ぶ権利」「楽に死ねる権利」も保証されるべきと私は思います。(ただ、後に述べますが、安楽死にはデメリットや代償がある可能性があります)

末期の癌患者、不治の病、HIV、エイズ、認知症、老衰などの健康問題はもちろん、膨大な借金などで行き詰まってしまった人、絶望しかない人、人生のやり直しが難しい人。
このような方々には苦しみから救ってあげる手立てはあった方がよいと思います。

もちろん、その苦しみから救う手立ては、安楽死のみとは限りません。


安楽死を実際に合法化するには問題も

しかし、ただ安楽死を導入すればよいというものでもありません。
安楽死を悪用する人や必要がないのに安楽死する人が出てくるからです。
そのためにも安楽死に付随する「決まり」は必要と私は考えます。

1.一番懸念されるのが、生命保険をかけておいて安楽死させようとする人
生きたいと思っている人まで思わぬ被害にあう可能性があります。

2.先の状況が改善される見込みがあるのに安楽死しようとする人。
不治の病を持たず、体が健康な場合でうつやPTSDなど精神的な病気を煩っておられる方は、この先回復する見込みがあります。本人の努力も必要ですが、こういった方々には、安楽死云々というよりはカウンセリングが必要です。
もちろんそれでもダメな場合は本人の意思を尊重してあげるべきと思います。

3.生きているのが面倒くさいなどという理由で安楽死を利用する人。
確かに生きていくのはしんどいことでありますが、はい、すぐ安楽死!というのは勿体ないことです。だってこれから好転する可能性がありますから。何度も何度も考えて安楽死しか思い浮かばなかったらそれも一つの手ですが、思い直せるものならカウンセリング等によって思い直しがあればよいかと思います。

安楽死が合法化される場合には、安楽死によってカンタンに命を絶たせない仕組み、安楽死前のカウンセリングは大変重要になってくるでしょう。



死ねば楽になりますか?

死にたいと思う理由は人さまざまだと思います。

病気、生活苦、借金、事業がうまくいかない、大切な人に先立たれたなどなど。

安楽死は確かに実現すれば、苦しみから逃れられるように思われるかもしれません。

しかし、魂は永遠という言葉があります。

自らの選択で命を絶ってしまっても、また生まれ変わり、新しく人生をスタートするという説もあります。なので自殺や安楽死など、自然な寿命を待たずに自ら命を絶ってしまった場合でも、やはりもう一度「生きる」という課題が与えられる可能性があるのです。

私は、安楽死や自殺などを選んでしまったその人がその人生という課題がその人にとって難しかったものと判定され、1つ前の難易度に戻るか、同じ難易度で再挑戦ということになるのではないかと思います。

安楽死。「楽に死ねる権利」「死期を選ぶ権利」などと書きましたが、よいリセットになるか、悪いリセットになるか、それは誰にもわかりません。

ただ、今、言えることは、なるべく「安楽死」などと思わず、健康に気を付け、楽しい趣味を持ち、ボチボチにでも人生という課題を仕上げていければよいのではないかと思うのです。

自分らしい素敵な作品(人生)ができあがるといいですね!

自分ができることを着実に一歩ずつ。
大丈夫。人生は、きちんと努力している人はクリアできる課題ですから。
先生は生徒にできない課題は出しませんし、上司は部下にできない仕事は渡しません。
それと同じように、私たちも「できる課題」を渡されているのです。


ご家族との別れの時を希望のカタチで

スイスかどこの国か覚えていませんが、白髪のおばあちゃんがご家族に看取られながら、安らかに眠る映像を見たことがあります。

おばあちゃんは、穏やかな表情でとても満足そうでした。
亡くなるまでご家族との会話を楽しんでいらっしゃいました。

そしてチョコレートを食べながら安楽死により、安らかに眠られました。

このおばあちゃんは老衰だったと思うのですが、ご家族と納得のいく別れができたのではないかと思います。

体中に管を通され苦しむ姿を見るのはご家族にとっても辛いことでしょう。
本人にとっても家族に伝えたいことも伝えられないまま、もだえ苦しみながら死んでいくのは辛いことです。せめて人生の最期は自分の希望のカタチで過ごしたいものです。


安楽死 まとめ

生きる権利、人権。
命は尊いと言われていますが、死についてはまだまだ発展途上な世界であります。

命は尊い。そうです。
だからこそ「命」の最期となる「死」も尊いこと。
安易な死はいけませんが、本人が納得のいく最期を迎える権利は保障されるべきだと私は考えます。

しかしその反面、「魂は永遠」であり、楽に亡くなったとしても、また次の課題(人生)が用意されている可能性も否めません。そしてその次の課題(人生)は、どんな課題なのかは誰にもわからないのです。

モカさんへ:2回にわたり、嬉しいメッセージありがとうございました。
記事を書く励みになります。
PCからお返事をお送りしたのですが、エラーで返ってきましたのでこの場でお礼申し上げます。


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