子どもがいらない理由:かわいそう

可哀想だから子どもはいらない?

子どもを生んだらその子どもが過酷な人生で苦労をし、苦しむから子どもはいらない。
私は小学生高学年くらいからそのように思っていました。

そして大学生になっても、社会人になってもその考えは変わりませんでした。
ただ生きていくだけでも大変なこと、苦しいことしか頭になかったのです。

このページを訪れた方は、何故私は「可哀想だから子どもがいらない」と考えるのだろう、他にも同じように考える人はいるのかな?と思って来られているのだと思います。
また、中には「子どもを生むのは可哀想」と考えるのはよくないと罪悪感さえ抱いている人もいらっしゃるかと思います。

でもご安心下さい。
「可哀想だから子どもがいらない」という思考になるのは、きちんとした理由があるのです。
そしてその思考は無理に消さなくてもいいのです。

また、「子どもを生むのは可哀そうだけど子どもがほしい」と思っている人も安心してください。
子どもを生んでもよい理由があります。


1.世の中の生きにくい部分

表面的な原因のひとつは、「世の中の生きにくい部分」。

この世の中だから、生きにくい世の中だから。
時代は関係なく世の中というものは苦しいものだから。
生きていくことはしんどい、苦しい。
貧困、いじめ、セクハラ、パワハラ、政治家の利己的な政策、汚職・・・

お気持ちはよ~く分かります。
こんな世の中で、自分の子どもがもがき苦しみながら生きていくのは耐え難いですね。

生んであげない方がいいのではと考えるお気持ちがよく分かります。

しかし苦しそうに見える世の中の一方で希望もあります。

家族や友達の優しさ、老人に席を譲る若者、動物を助ける人たち。
悪い人、悪い事もあればよい人、よいこともあります。

そこまで世の中捨てたものではありませんが、だからといって「子どもを生んでも大丈夫!」という気には至りませんね。


2.劣等感

子どもが可哀想だから生まないという考えは劣等感も原因になっていることがよくあります。
こんな世の中で、社会に適応しにくい自分の子どもが苦しみながら生きていくのは耐え難い、そう思う人もいらっしゃると思います。

私は劣等遺伝子。生存に適した人間ではないんだ。
社会不適合者なんだ。そう思い込んでいませんか?

でも、社会に上手に適応できる人がどれくらいいるでしょうか?
おそらくほとんどの人が大なり小なり苦戦をしています。

また 「お前なんかどこも勤まらない」や「誰にも愛されない」などと貶されたことがある人もいらっしゃるかと思います。
この場合、負の言葉を何度も聞かされ、より確信に至ってしまいます。
マイナスの暗示です。もっと言えば「洗脳」。

そうなると、尚更「こんな劣等遺伝子で生存しにくい遺伝子では、生まれてくる子がかわいそう」という思考に至っても不思議はありません。

しかし、このような劣等感の暗示は解けないものなではなく、自分自身でプラスの自己暗示を上書きすることで消すことができます。

上司が3回「お前はどこにいっても務まらない」といえば、心の中でそれ以上の回数「私は夢を実現する力がある」などと唱えます
また、過去の実績を思い出すのも有効です。

このような方法で劣等感を克服する可能性は高くなりますが、劣等感が克服されたからと言って、子どもを生んでも大丈夫とまでは至らないでしょう。


3.面倒くさいのも理由

また、子どもがいらない理由には、配偶者の面倒、幼稚園、小学校、PTA、ママ友、公園デビューなどを思い浮かべると面倒くさいというのも考えられます。

自分一人生きていくので精一杯。
なのに子どもや配偶者などもっての外。

忙しく、余裕のない自分の子どもなど可哀想だ。

などと考えると、尻込みしてしまっても不思議はありません。


本能を刺激する異性が現れると

ここまで、子どもを生むのが可哀想だから子どもはいらないと思う主な理由を3つ挙げました。
しかし上記の通り、これらの理由を克服しても「子どもを生んでも大丈夫」と思うにはおそらく至らないでしょう。だってそれは人間の頭で考えているものだから。

しかし、この「子どもを生むのが可哀想」という考えは、あることが起きると、吹っ飛ぶ可能性があります。
それは本能を刺激する(子孫を残すのに適した)異性との出会いです。

よく配偶者や恋人を「愛する人」などときれいな言葉が使われますが、私は「本能を刺激する異性」の方が近いと思います。まあ、配偶者や恋人が必ずしも「本能を刺激する人」とも限らないのですが。

話はちょっと脱線しましたが、人間を含めて生物は異性と生殖を行い、子孫を残すようにプログラムされています。
そのプログラムは意識して(考えて)避けようというのは難しいものです。

生殖を行い子孫を残すというプログラムは生物の強い本能だからです。

「好きな人の子どもがほしい」
この願望を抱いたとしたら、それはプログラムが正常に機能していることであります。
心身共に健康な成人男女なら普通に機能します。
逆に言えば、この願望を抱くには、心身共に健康でなくてはなりません。

その本能(心身で感じるもの)は、頭で考えて押さえつけようとしても難しいのです。
意識的に考えることなど、無意識の本能のつよさには及びません。

このようなことから、今、子どもを生むのが可哀想と考えているなら、 本能を刺激する異性と出会えていないこと、もしくは、次の項で挙げる「恋をする気力もないほど心身が弱っている」ことが最も大きな原因として考えられます。

本能を刺激する異性が近くにいれば、可哀想という考えがあったとしてもそれは頭で考えるもの(意識レベル)なので、本能(無意識レベル)に負けてしまいます。
よほど強く本能を抑え込めば別ですが、我慢はすればするほど、心身に不調をきたしますし、しんどいです。

今、子どもを生むのが可哀想と思っている人は、んなバカな!と思われると思いますが、本能を刺激する異性と出会えたら分かることなので、今は分からなくてもよいのです。というか体験しないと分かりません。

逆に、本能を刺激する異性と出会えていないのに「子どもがほしい」と思う人もいらっしゃいます。「子どもがほしい」には変わりないのですが、それは親を安心させたい、老後、世間体、普通でありたい、可愛いからという表面的な動機で、頭で考えていることなのです。だからそういった人も同様に本能を刺激する異性と出会えて初めてその気持ちはホンモノになります


環境・ストレスによる気力の低下も原因

上記のように、人間はもちろん、すべての生物には子孫を残そうという本能があります。

しかし現在、この本能が阻害された人が増えつつあります。

その背景にあるのが、過労、うつ、生活習慣の悪化、職場でのモラハラ・セクハラ、将来の不安などのストレス。
一時的にであれば、回復します。
しかし、ずっと続いていると、心身がもたなくなります。

この弱った心身を放っておくと、性欲が減退します。もっといえば異性欲の減退。
恋をする気力さえ奪われてしまいます。この場合、本能を刺激する相手に出会ったとしてもうまく本能が発動しないこともあるでしょう。

そして辛い経験を重ねているうちに、こんな辛い世の中に子どもを産み落とすのは可哀想だという思考に陥ってくるのです。

子どもを生むのがかわいそうと思っている人は、トラウマになるほどの何らかの苦い経験をしたことがあったり、もしくは現在苦い経験をしている、生きづらさを感じている人なのです。

これが、環境が改善され(自ら環境を変える努力が必要)、食生活などの生活習慣を見直し、心身共に健康になった上で、本能を刺激する異性と出会ったならば、考えは違ってくるでしょう。

つまり、心身の健康とパートナーへの愛情が、世の中に対しての絶望や厭世(世の中をいやなもの、人生を価値のないものと思うこと)を上回ると変化するのです。

逆に言えば、心身の健康とパートナーへの愛情以上に絶望や厭世感がつよければ、子どもはほしくないままでありましょう。


子どもを生むのが可哀想という思考が嫌がられる理由

「子どもを生むのが可哀想」という思考は、不快に思われてしまうことがよくあります。

というのは、子どもを生んで育てている人にとっては気に障る言葉になり得ます。実際に子どもを生んでいるのですから、可哀想と言われていい気はしません。

子どもをお持ちの方やこれから子どもを生もうとしている方の前では「子どもを生むのが可哀想」という発言は控えた方がよいでしょう。
でも思うのは自由なので、こういう考えは罪だと思わないようにして頂きたいです。


たとえあなたが生まなくても・・・

かわいそうだから生まないという気持ちもよく分かります。
しかし、残念ながら、あなたが生まなくても、あなたのもとに生まれてくるはずだった魂はまた別の夫婦から生まれてきます

かわいそうだから生まない。生まなければその子は苦しむこともない。
というのは、あなたの目に映らないからであって、他のどこかで生まれ、苦しい人生を送るかもしれませんし、楽しい人生を送るかもしれません。

子どもを生む、生まないは個人の自由。
生んだ人は大切に育てればよいですし、生まなかった人も他人の子どもであっても温かい眼差しで見守ってあげてほしい。もしかしたら、あなたのもとに生まれてくるはずだった魂かもしれないのですから。

子どもを生んだら可哀そうかな?でも子どもがほしいなと思っている人は、生まれてくる子どもを大切に育てられるなら生んでもよいのです。

子どもを大切にできる環境と自信がおありでしたら、その子ども(魂)は、大切にしてくれない夫婦の元に生まれてくるよりずっと幸せなのですから、ぜひ子どもを授かってほしいと思います。

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