死にたいと思ったら気力不足

死にたいとき

不安だから死にたい

長期にわたって死にたいと思い続けてきた人間にとって、死にたいと思うことはすでに中毒となっていてちょっとやそっとでは消えません。

将来への希望がなく、不安や絶望だらけでは、死にたいと思っても不思議はありません。
実際、この世は生きにくく、死にたいと思うようになるのも分かります。

とは言っても、安楽死でもない限り、人間は簡単に死ぬことができません。
死にたいけど死ねない。そんなジレンマを抱えた人がこの世には多い。

死にたい人の多くは、不安や絶望感を含んでいます。
また、ものの見方も悲観的です。
→詳しくは死にたい理由をご参照下さい。

最悪の状況を推定し、その場で生きているのが耐えられない、もうダメだなどと、もがき苦しむのは耐え難いです。いわゆる取り越し苦労をしている状態です。


死にたいは不安要素のシグナル

不安症、そして生きていくのは苦しい(生きにくい)、絶望的だという考えは死にたい気持ちを呼び込みやすい。

ならばこういった不安症はどこからきているのだろうとさらに理由を探ってみます。

勇気のいることですが、自分がもっとも恐れていることを考えてみましょう。

私の場合は、仕事がなくなって生活力がなくなって親を養えなくなること、邪魔者扱いされることが一番の恐怖でした。とは言っても仕事は辛い。いつまで続くか分からない。

こういった不安を解消しようと始めたのが、収入源をもうひとつ増やすこと。
収入源を増やすことによって、上記の不安を解消した次第です。

しかし、一度でも働かない期間が長いことがあれば、社会から弾き飛ばされます。
やはり生きにくい世の中ではあります。
また、働くこと=当たり前と周囲は洗脳されています
仕事は辛いものだからしょうがないとあきらめています。
でも、死にたいほど働くのがイヤ、だったらどうする?という問題ですよね?

厳しいことを言いますが、死にたいと思うだけでは一生死にたいままです。
本当は死にたい人など1人もいません。

「不安」「絶望」による死にたいは、自分が何を恐れているのか把握することから始まり、その不安の根源を断つ・緩和することによって改善される場合も多いようです。

もっと言えば死にたい気持ちを抱いていることは、自分の中に何か不安要素があり、その不安要素を解消する必要があるというサインとも言えます。信号で言えば黄信号です。

自分にとって不安・不満なものは何か、それを解消するには?
という課題にさしかかっているのです。


精神的に疲れて死にたいとき

時には、生きているのに疲れて死にたくなるときもあります。
精神的に疲れて死にたいという時もあります。いわば楽になりたいという心の声です。

そんな時は「気力不足」。

こうであらねば、動かなければ、と自分を追い詰めても、思うように動けません。
逆に自分を追い詰めることになってしまいます。

気力不足で「死にたい」と思ったときは、ゆっくり休みましょう。
休息が一番の栄養です。ゲームや映画、読書、入浴なども心のリフレッシュに貢献してくれます。

無理して動けば動くほど、鬱に傾き、復帰が難しくなります。


不安で死にたい場合は

上記の方法で死にたい気持ちが和らげばよいのですが、それでも和らがないときは、無理して死にたい気持ちを消さなくてもよいでしょう。というか消えません(笑)。

死にたい気持ちは悪いことばかりではありません。
差し迫った死にたい気持ちは危険ですが、適度な死にたい気持ちであれば、「勇気」に変えることができます。

不安症を緩和するためにその死にたい気持ちを利用してはどうだろう。

不安に襲われ苦しい時は、そうだ!最悪の状況になった時に自分の理想の死に方を用意しておけばいいんだ。と気づきました。

私の理想の死に方は、お酒を飲んで北海道の雪原でゆっくりと眠るように死ぬこと。そうだ!行き詰まったら、北海道の雪原でお酒を飲んでゆっくり眠ればいいんだと思えるようになりました。

実際には行いませんが、行き詰まった時の「リセットボタン」を用意しておくことで幾分気持ちが軽くなるわけです。
私はこれを「勇気のカケラ」と呼んでいます。

私には死にたい気持ちがある、でもそれは勇気を出すための方法であってそれがあるから思い切って行動できます。

自殺願望のメカニズム

ただ、この「勇気のカケラ」はライフワークなどで心を満たされると、消えてしまい、使えなくなってしまいます
でも、悲しまないでほしい。それはあなたが一歩幸福に近づいたという証なのです。


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